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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)174号 判決 1990年1月30日

主文

一  原告らの平成元年七月二日に行われた東京都議会議員選挙の足立区における選挙を無効とすることを求める請求を棄却する。

ただし、右選挙は、違法である。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告ら

1  平成元年七月二日行われた東京都議会議員選挙のうち足立区選挙区における選挙を無効とする。

2  原告ら提出の議員定数配分規定(別表第一)に基づき適法な議員定数配分規定を示す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の答弁)

1 原告らの訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(本案の答弁)

1 原告らの訴えを棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

(原告ら)

一  請求の原因

1 当事者

原告らは、平成元年七月二日に行われた東京都議会議員選挙(以下「本件選挙」という。)の足立区選挙区における選挙人であり、被告は、本件選挙を管理した選挙管理委員会である。

2 原告らの異議申出に対する被告の決定

原告らは、平成元年七月五日、被告に対し、本件選挙のうち足立区選挙区における選挙を無効とすることの決定を求め、公職選挙法(以下「公選法」という。)二〇二条一項に基づき異議申出をしたが、被告は、同年八月四日、原告らの異議申出を却下する決定をし、決定書を交付した。

3 各選挙区において選挙すべき議員の数の算出

公選法一五条七項の規定により、各選挙区において選挙すべき地方公共団体の議員の数は、人口比例で算出されることとされているが、具体的にその方法は、直近の国勢調査の結果公表された人口に基づき、議員一人当たりの人口数を求め、各選挙区の人口を議員一人当たりの人口で除して得た数によるとされている(昭和三七年一一月三〇日鳥取県選管宛自治省選挙局長回答、昭和三八年九月二六日福岡県選挙管理委員長宛自治省選挙局長回答)。

この手法は本件訴訟に先立つ過去の二件の選挙無効訴訟に対する東京高等裁判所(以下「東京高裁」という。)の二度の判決のいずれもが採用した手法である。この手法を基に、東京高裁昭和六一年二月二六日判決が示唆した手法により東京都議会(以下「都議会」という。)議員の定数配分規定を作成すれば、別表第一のとおりとなり、都議会が昭和六三年七月一三日に賛成多数で可決した「三減四増」の「東京都議会議員の定数並びに選挙区及び各選挙区における議員の数に関する条例」(昭和四四年条例五五号、昭和六三年条例一〇七号改正、以下今回の改正後のものを「本件条例」といい、以前のものを「定数条例」という。)の改正内容(別表第二)とはおよそかけ離れた内容となる。

なお、昭和六三年七月一三日の改正前の都議会の選挙区、昭和六〇年国勢調査人口、定数、議員一人当たり人口、議員一人当たり人口較差等は、別表第三のとおりである。

4 本件選挙に至るまでの経過

東京都では、昭和二〇年代末より人口のいわゆるドーナツ化現象が始まる。その結果、昭和二二年に制定された定数条例により人口比例で行われた各選挙区への議員定数の配分は、昭和三五年の国勢調査ですでに二三区内で人口比例が崩れ始めた。その後、ドーナツ化現象はますます顕著になっていったが、都議会はそれに対応して議員定数の配分の是正を抜本的に行わなかったため、議員一人当たり人口の選挙区間較差は、遅くとも昭和四五年一〇月の国勢調査の結果が判明した時点で、すでに公選法一五条七項の選挙権の平等要求に反する程度に至った。

昭和五六年七月の都議会議員選挙は、議員一人当たりの人口較差最大一対七・四五という不平等のなかで行われ、これに対し、江戸川区の選挙人らが選挙無効訴訟を提起した。右訴訟を審理した東京高裁は、昭和五八年七月二五日、結論として、定数条例における議員定数の配分の人口比例違反はすでに昭和四八年以前から顕在化していたため、改正のための合理的期間もすでに経過したとして定数条例を全体として公選法一五条七項違反と断定し江戸川区における選挙も違法とした。上告審も原審同様の判断で、江戸川区における選挙を違法とした。

最高裁判所(以下「最高裁」という。)の判決により定数条例の改正を余儀なくされた都議会は、昭和五九年一二月の定例会において、「三減三増」すなわち議員一人当たり人口の少ない三選挙区の議員定数を各一減じ、議員一人当たり人口の多い選挙区の議員定数を各一増やすという調整を行った。その結果、議員一人当たり人口の較差は、全選挙区間で最大三・四〇に、また二三区間では一対二・八五にまで縮小した。

しかし、人口の多い選挙区の方が、人口の少ない選挙区よりも議員定数が少ないという逆転現象が六二通りも存在すること、更に現実の定数がいかに人口比例配分と合致しないかをみると、区部は全体で配当基数よりも定数が八人多く(逆に市郡部は八人少ない。)、区部二三区のうち配当基数に合致しない選挙区は一四もあり、特に配当基数と二人も過多過少の選挙区が六選挙区もあること、そしてそれらの人口比例からの逸脱の正当性の挙証が都議会において全くなされていないこと等の理由から、葛飾区の選挙人が選挙無効訴訟を提起した。右訴訟を審理した東京高裁は、昭和六一年二月二六日、原告らの主張を全面的に認め、以下に指摘するとおりの画期的判決を出した。第一に投票価値の較差は一人が二票持たない範囲すなわち議員一人当たり人口較差が一対二未満が適法であるとし、第二に逆転現象のような人口比例に反する定数配分をする場合は、その合理的理由の挙証責任は議会にあるとし、第三に選挙無効判決で議員不在になった場合は、裁判所が適当な定数配分規定を提示する権限と責任を持つとし、第四に配当基数に基づいた定数配分を行ったうえ、これに僅かな工夫すなわち千代田区と中央区を合区して定数一とし、浮いた一を立川市に回せば較差一対二未満になる、という実例を示し、第五に事実上の期限付無効判決であることを宣言し、次回選挙までに都民に公約した抜本的是正がなければ、選挙は無効にするとした。

右につき、最高裁は、昭和六二年二月一七日、上告棄却の判決をしたので、都議会はついに議員定数配分規定の抜本改正を行わざるをえない最終局面に到達したはずであった。

5 本件選挙の違法性

都議会は、昭和六三年七月一三日、「三減四増」他若干の定数条例の是正を賛成多数で可決した。その結果、議員一人当たり人口の最大較差は、三・〇九倍まで縮小した。

しかしその是正は、憲法一四条一項の法の下の平等の要求を受けた公選法一五条七項の議員定数配分の人口比例原則を実現するのにほど遠い微調整に過ぎず、昭和六一年二月二六日の東京高裁判決が次回選挙までに求めた定数条例の抜本是正には到底至っていない。右是正が抜本是正ではない理由は次のとおりである。

第一に昭和六二年二月一七日の最高裁判決が、「公選法が全くこれを予定するものでない」と指摘し、もはやそれを容認しないという姿勢を示した逆転現象が、いぜん二五通りもあり、しかも練馬区対杉並区、八王子市対新宿区、八王子市対品川区、八王子市対北区においては、二人も逆転している(別表第四)。

第二に配当基数によって算出される人口比例での定数配分からすれば、区部の定数は九〇人であるところを九六人とし、市郡部の定数は三七人とすべきところを三一人とし、また区部では二三区中一六区が人口比例と一致せず、二人不足する選挙区として足立区と練馬区がある。市部では、五市が人口比例と一致せず、八王子市は二人不足している。

第三に議員一人当たり人口較差の最大が三倍を超えた点について、都議会では千代田区を公選法二七一条二項の特例区扱いしたことを理由としているが、右特例区は、当該選挙区の配当基数が〇・五未満になった場合に適用される規定であって、千代田区の配当基数は〇・五四六であるから、そもそも特例区にしようがないのである。

第四に定数配分を必ずしも人口比によらないで行う理由として、従来から昼間人口を考慮してという主張がなされているが、すでに昭和五八年七月二五日の東京高裁判決が、実態的には、昼間人口が考慮された配分となっていない(例えば、荒川区と練馬区とでは、昼間人口が一対二であるのに、定数配分は四対四である。)事実を挙げ、昼間人口を考慮したという主張自体が疑問であるとの指摘をしている。この指摘は、本件条例にも妥当する。すなわち、昭和六〇年国勢調査に基づく昼間人口は、杉並区が四一万七九九八人、練馬区が四五万一五四一人、足立区が五三万三四四七人であり(別表第五)、昼間人口を考慮すれば、後の二区の方に議員定数を多く配分すべきであるのに、実際の定数配分は、杉並区六人、練馬区四人、足立区五人となっていて、昼間人口の少ない杉並区の方が議員定数が多いのである。

第五に「三減四増」の是正が抜本是正になっていない基本的原因は、各選挙区への議会定数配分を、配当基数に基づく方式で行わないところにある。何故、配当基数に基づく人口比例配分の方式がとられないのか、公選法一五条七項但書にいう「特別の事情」は全く見出しえない。昭和六一年二月二一日の東京高裁判決が示したところに従って、千代田区と中央区を合区して(合区するといっても、選挙区として合区するだけであって行政区としての二区を合体するわけではない。)定数一人とし、浮いた一人を立川市に廻し、配当基数により定数配分すれば、別表第一のとおり、最大較差は一・八九倍にまで縮小し、逆転現象はすべて解消するのである。

原告ら選挙人は、空理空論で不可能なことを要求しているわけではない。定数条例の改正を審議した都議会会議録を検討しても、なぜ抜本是正が不可能であったのか、その合理的理由は全く示されていない。

6 結論

本件選挙は、以上に述べたとおり、裁判所から定数条例の抜本是正が求められていたにもかかわらず従来の是正同様の微調整しかなされなかった本件条例のもとで行われた違法な選挙である。

裁判所は、これまで二度、都議会による定数条例の抜本是正に期待をかけ、選挙は違法としたが、その効力は有効とする事情判決を繰り返してきた。しかし、現段階においては、もはや事情判決の繰返しは許されない。昭和六一年二月二六日の東京高裁判決が言うとおり、選挙無効の判決がもたらす結果は、選挙無効を求める定数訴訟を認める限り常に存在するから、それらの事情が存する限り、違法判決はすべて永久的に事情判決とならざるをえないことになり、裁判所として選挙無効訴訟を認めた意味が失われる。だからこそ、同判決は、「次期選挙の時期までの期間を一定期間とする期限付無効判決と同じ意味合を持つもの」と述べ、「本判決確定後において右の努力(定数配分規定の抜本的改正-原告注)が十分になされず結局において配分規定の適法化が実現しないまま違法な配分規定に基づいて次期選挙が行われた場合は、特別の事情がない限り、右選挙の効力について更に事情判決をすることはできず、即時無効判決をせざるを得ないものと解する。」と、都議会に対し警告を発したのである。

よって、本件選挙を即時無効とし、原告申立ての定数配分規定(別表第一)に基づき適法な配分規定を判示するよう求める。

(被告)

一  本案前の答弁

1 本件のごとき定数条例そのものの違法を事由とする訴訟については、もし、条例それ自体に瑕疵があったとしても選挙管理委員会の権能をもっては是正不可能なことである。

したがってその余の点につき論ずるまでもなく、この点において原告らの訴えは既に不適法として却下を免れないというべきである。

2 そもそも公選法二〇二条及び二〇三条に基づく選挙訴訟は、当該選挙の管理執行上瑕疵があった場合、これを無効として早期に改めて適法な再選挙を実施させることを目的としたものであり、このことは被告を選挙管理委員会としていること及び短期間内の再選挙を予定していること(公選法一一〇条)からしても明らかなところといわなければならない。したがって、たとえ選挙を無効としたとしても公選法の規定する期間内の再選挙の実施が困難であったり、仮に再選挙を実施するとしても、その瑕疵を是正することができないことが明らかなような場合でも対象としたものではなく、それは、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)五条及び四二条において、公選法に規定される訴訟は民衆訴訟の一種として、選挙人たる資格その他自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起されるものに限り、しかも法律に定める事項に限り許されるものと明定されており、加えて公選法二一九条をもって行訴法三一条の事情判決の規定を殊更排除している点に鑑みて明らかなところといわなければならない。

よって、原告らの許えは民衆訴訟として許容されている事項以外の事項を目的としたものとして却下を免れない。

3 原告らの請求は次の点から考えても訴えの利益を欠き却下を免れない。

地方自治法(以下「自治法」という。)九〇条四項によれば、議員定数の変更は一般選挙の場合でなければできないものとされており、選挙区別定数の変更もまた論理上同様と解せざるを得ない。ところで、もし原告らの主張が容認されると仮定して考えてみれば、足立区選挙区の議員数は二名増加せざるを得ず、このことは全体の定数増加となり右九〇条二項に真正面から抵触し、同規定を無視しない限りかかる改正はなし得ない。

加えて当該選挙区の選挙が無効であると宣言された場合には、それ自体に起因して全体として新たな不均衡の結果が招来される。すなわち、本件選挙を無効とするならば、これを上廻る議員一人当たり人口を有する選挙区についても当然当該選挙区における選挙を無効としなければ均衡を失することになることは明白といわなければならない。

しかるに、このような選挙区における選挙を無効とし、その再選挙を執行する方法は、現行公選法に定められていないから、より較差が大きいことが明らかである選挙区における選挙はこれが有効とされる選挙区より較差の小さい本件選挙のみを無効とし、現に都政にたずさわっている議員の地位を喪失せしめることになる。

また、仮に全体の定数を増加させずに足立区選挙区の議員数を増加させようとすれば、選挙区別定数の全面改正を行わざるを得ず、しかも、既に有効として確定した他の選挙区の議員の地位を一選挙区の為に一方的に剥奪することとなる。

結局原告らの本訴請求は、条例を改正し議員定数を増加するか、そうでなければ定数の再配分を行わない限りその目的を達し得ないものである。しかも、かかる改正は前述したごとく次の一般選挙の場合に限り認められているに過ぎないから、原告らの選挙無効請求が容認されると仮定してみても、これに適合する条例改正の途はなく、したがって右に基づく再選挙は不可能といわざるを得ない。要するに、このような行政措置をもって是正することが不可能なことを目的とする訴えは、もともと訴えの利益を欠く不適法なものとして却下を免れない。

4 原告らは、足立区選挙区の選挙無効を求めるのみでなく、原告提出の議員定数配分規定に基づき適法な議員定数配分規定を示すことも訴求している。しかしながら、右の如き訴えは到底認められるところではない。すなわち、選挙無効事件は確認請求訴訟であって、もともと裁判所には選挙の効力の有無を判断する権能以上の権能が与えられていないし、その上足立区選挙区の選挙無効を判断するに際し、主文をもって適法な議員定数配分規定を示す必要は全く存しないからである。

定数規定の決定権は地方自治体である東京都の立法機関である都議会に付与されており、この権限は都議会固有の権限として他のいかなる機関もこれを侵すことができないものである。

したがって、原告らのこの点に関する請求は請求自体不適法として排斥を免れない。

二  請求の原因に対する認否

1 請求の原因中、1、2の事情は認め、その余の事実は全部争う。

2 また、別表についての認否は次のとおりである。

(一) 別表第一については、公選法二六六条二項を適用しない数値として認める。

(二) 別表第二ないし第四の数値は認める。

(三) 別表第五については、中央区、品川区及び板橋区の各流入超過人口及び昼間人口欄の数値並びに文京区の流入超過人口欄以外の数値は認める。

三  被告の主張

原告らの本件請求は、次の事由により失当として棄却を免れない。

1 地方公共団体の議会が有する裁量権

(一) 憲法一五条、九二条及び九三条によれば、地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づき法律で定めることとされ、その議決機関たる議会の議員の選挙制度についても、当該地方公共団体の構成員たる住民が直接選挙によって議員を選出すると定める以外に特段の制約事項はない。

このような規定のあり方は、地方自治が民主主義の実現のために不可欠なものであると同時に、本来地方公共団体は、その構成員たる住民の自由で濶達な自治意識によって運営されるべきものであることを認識させるものであり、そのためには法の制約は、必要最小限にとどめて、住民により、具体的にはその代表者である長(すなわち、知事及び市町村長)並びに議会の意思決定によって地方公共団体が自主的に運営されるべきであるとの崇高な自治の理念が示されているものである。

ところで、憲法は国政に関し、議院内閣制を採用し、しかもこれに対応する議決機関としては衆議院と参議院の二本立とした上、いわゆる参議院選挙区選出選挙に関しては衆議院における人口比例の原則によりつつも、それ以上に、地域代表的性格を加味する選挙制度も公正かつ効果的代表制度として許容されるものとしている(最高裁昭和五八年四月二七日大法廷判決)。一方、地方公共団体については、首長、議員とも住民の直接選挙によると定められている(九三条二項)。これは、首長に関しては国政レベルとは異なり、いわゆる大統領制を採用し、首長が直接住民の意思を汲み取り行政を施行する途を開いたものであり、同時に、これに対応する議員の選出については、同じ直接選挙とはいっても、直接選挙の範囲内において右首長に対等に対応するにふさわしい選出制度を決定すべきことを要請しているものと解すべきであり、首長の直接選挙に対等に対応するにふさわしい議員選挙制度としては地域的まとまりのある選挙区を設定し、その地域代表的性格をも保有せしめる制度とするのが最も好ましい方法であって、これは、地方自治の本旨にも合致した公正かつ効果的代表選出制度といわなければならず、憲法の前記要請にもかなうものといわなければならない。したがって、憲法は地方公共団体の議会の議員の選挙制度に関し、人口比例の原則を絶対とせず、人口比例によりつつも、ある程度これを緩和する地域代表的性格を加味する選挙制度の採用をもこれを許容しているものといわなければならない。要するに、人口比例の要素は勿論尊重されなければならないが、各種議員制度に応じた公正かつ効果的代表制度の確立こそ憲法上の普遍的原理といわなければならないのである。そうして、現行法制は右の憲法の精神にのっとり、法律は一定の基準を設定するにとどまり、各地方公共団体の議会は右基準に基づき自由に定数、選挙区及び選挙区別定数を決定する裁量権限を与えられているのである。したがって、前記憲法の趣旨にのっとり制定された法律(自治法・公選法)に基づき地方公共団体が制定している議員定数条例は、都民全体の意思が十分都政に反映しうるような公正かつ効果的な代表制度を確立すべく、当該地方公共団体の議会が、その裁量権を行使してこれを決定した所産というべきものであるから、その決定は、合理性・合法性の推定を受けるものと解すべきであり、結局、定数条例の適否の問題は憲法一四条の平等条項との関係上、それが極端に不平等である場合は格別、それ以外は常に立法政策の問題に留まり、違憲問題を生ずる余地はない。

(二) そもそも、異なる選挙区間における投票価値の平等については、一の選挙区において、有権者の投票が計算において平等に取り扱われれば充分である。すなわち、一選挙区において、選挙人の投票が当該選挙区における候補者の当落という結果に影響するために平等な価値を持てば、投票における価値の平等は充分に保障される。日本国憲法の定める平等の原理が要請するのはここまであり、それ以上に立ち入らない。他の選挙区との比較において、投票の計算における平等はなんら要請されないというべきである。

2 都道府県議会議員の定数配分に関する法律の規定

都道府県議会の議員定数配分については、地方自治の基本法たる自治法において、議員定数の上限を定め(同法九〇条)、公選法において、議員を選出するについての選挙区の決め方及び各選挙区に対する定数の配分方法を定めている(同法一五条、二六六条及び二七一条)。

(一) 都議会議員定数の上限

自治法九〇条の規定によれば、直近の国勢調査(昭和六〇年一〇月一日現在)における人口に基づいて算出される都議会議員定数の上限は、一二八人である(この限度の下に都議会は本件選挙における議員の総定数を上限いっぱいの一二八人と定めた。)。

(二) 選挙区の決め方及び議員定数の配分

公選法によれば議員の選挙区は郡あるいは市(特別区について市の規定が適用される。同法二六六条一項)の区域による(同法一五条一項)が、郡市の人口が当該都道府県の人口を当該都道府県の議会の議員定数をもって除して得た数の半数に達しない場合には、隣接の郡市と合わせて一選挙区を設けなければならない(強制合区規定、同条二項)。

これに対して人口が議員一人当たりの人口の半数以上あってなお議員一人当たり人口に達しない郡市については、独立した選挙区とするかあるいは隣接する他の郡市と合わせて選挙区を設けるかの選択を全く当該都道府県議会の裁量に委ねている(任意合区規定、同条三項)。

更に合区選挙区を設けるに当たり、どのような郡市をもって合区選挙区とするかもまた議会の裁量による(同条四項及び六項)。

因みに、前記一五条一項及び二項に基づき、議員定数を配分すると別表[1]のとおりとなる。

議員一人当たりの人口の最大較差は、最大選挙区の立川市選挙区と最小選挙区の千代田区選挙区であり、一対二・九〇の値となる。

(三) 議員定数の配分に係る特別措置

(1) また公選法は議員定数の配分方法について次のとおり定めている。すなわち、各選挙区に対する定数配分は、原則として人口比例とするが、特別な事情がある場合には地域間の均衡を考慮して人口以外の諸要素をも総合勘案して行うことができる(同条七項)。

全国的な傾向となった近年の激しい都市部への人口集中化現象に伴い、都市中心部では、昼間人口が著しく増加し、それに反して夜間常住人口が減少するという状況が生じ、周辺部はこれと逆の現象を呈するようになり、更には郡部においてみられる急激な人口減少等に起因して、常住する住民数と地方公共団体の行政需要とが必ずしも一致しない状況が顕在化してきた。このような状況をふまえ、都道府県の役割は市町村を包括する広域の地方公共団体として市町村行政の補完及び広域にわたる行政を推進することにあることから、その公正円滑な運営を期するため各選挙区に対する定数を機械的な人口に比例して行うのではなく、人口比例原則に特例を設け、それぞれの地域の特性に応じて均衡のとれた配分を議会の裁量により可能にさせようとするところにこのような規定が設けられた所以がある。

(2) 昭和四一年一月一日現在において設けられている都道府県の議会の議員の選挙区については、強制合区の対象となる場合においても、当分の間条例で当該区域をもって一選挙区を存置することができるものと例外的に認めている(公選法二七一条二項)。これは、単に画一的に人口の要素のみによって選挙区制を考えるべきではなく、選挙区は、原則として郡市の区域によるとの考えを明確にして、人口の減少した場合にもその区域の代表が議会において確保されるべきものと考えているからである。

(3) 前述の事情に基づく特例に加え、東京都においては特別区の存する区域が一体として都市を形成しているという実態に照らし、公選法は東京都に限り適用される次のような特別の規定を設けている。すなわち、都議会議員選挙における選挙区及び各選挙区に配分する定数については、先ず特別区の存する区域を一市と看做して他の郡及び市との間に定数配分を行い、次いで特別区の存する区域に配分された定数について各選挙区に配分することができる。更に特別区内の定数配分については、人口比例のみに基づくことなく特別区において顕著な昼間人口と夜間人口の較差、常住人口数と行政需要とのアンバランス、特別区特有の歴史的沿革などの諸事情を考慮して、都議会が適宜これを定めることを認めている(同法二六六条二項)。

なお、本件制定の後に一五条七項が制定されたから、本条もこの規定の範囲内で解釈されなければならないとの解釈論が存ずるが、かかる解釈論に左袒することはできない。何故なら、右の解釈論によれば本条は不必要であり、抹消されるべき筋合いである。それにもかかわらずこれが存置されているのは、それなりの理由があるからであって、憲法上容認できないような不平等を来さない限り、上述の諸事由を斟酌し都議会において自由にこれを定め得ると解すべきである。

(4) 以上のような特別措置は、前述した地方自治の精神に、より適合する公正且つ効果的な代表制度確立のためのものであるから、違憲問題を生ずる余地はない。したがって、この特例を適用して制定された条例もまた違法であって違憲とされる道理はない。

3 定数条例改正の経過

現行定数条例を沿革的にみると、昭和二二年都条例三一号として初めて制定され、爾来数次にわたる改正を経て現在に至ったものである。今回の改正を含め昭和三七年以降の改正経緯を以下に述べる。

(一) 昭和三七年改正において、選挙区別定数配分について公選法二六六条二項(特別区の存する区域を一市と看做し定数配分を行う。)及び二七一条二項(島部選挙区について人口が減少しても独立選挙区とする。)の規定を適用した。この結果各選挙区に既に配分された定数に変更はなかった。

(二) 昭和四四年改正において、自治法・公選法の改正に伴い、自治法九〇条二項並びに公選法一五条二、三、四、七項及び二六六条二項、二七一条二項を適用し、次のとおり総定数、選挙区及び選挙区別定数配分の全面改正を行った。

(1) 議員定数の総数を一二〇人から一二六人とした。

(2) 増加分六人を多摩地区(特別区及び島部以外の地区)に配分し、多摩地区において選挙区の分区及び合区を行った。

(3) 特別区の存する区域を一市として他の郡市との間に定数配分を行った結果、特別区の存する区域に対し配分される定数は一〇三人のまま変更を生じなかった。

(三) 昭和四五年国勢調査に基づく特別区の存する区域における人口が、八八四万余人に減少したことに伴い、議員定数の上限が一二六人から一二五人に減少した。また選挙区別の人口数にも変動があったので、昭和四八年には、次のとおり所要の改正を行った。

(1) 特別区の存する区域における各選挙区別定数配分の改正を行った。

該当選挙区名 新定数 既定数 比較

台東区選挙区 四人  五人  一人減

品川区選挙区 五人  六人  一人減

練馬区選挙区 四人  三人  一人増

この結果特別区の存する区域に対し配分される定数は一〇三人から一〇二人となった。

(2) 北多摩第二選挙区(定数四人)から府中市選挙区を分区した。この結果両選挙区の区域及び配分定数は次のとおりとなった。

北多摩第二区 定数三人

(小金井市、国分寺市、国立市の区域)

府中選挙区 定数一人

(府中市の区域)

(四) 昭和五二年の自治法九〇条二項の一部改正(議員定数増加の基礎人口を特別区の存する区域の人口一五〇万人に付き定数一人を人口一〇〇万人に付き定数一人とする。)に伴い、議員総定数を一二五人から一二六人に改正、これにより多摩地区において次のとおり選挙区の区分及び定数配分の改正を行った。

(1) 町田市選挙区において定数を一人から二人に増員した。

(2) 北多摩第一選挙区(定数三人)を、北多摩第一選挙区(定数二人)と北多摩第五選挙区(定数一人)とに分区した。

(五) 昭和五六年改正において議員総定数を一二六人から一二七人に増員し、南多摩選挙区(定数一人)から日野市選挙区を分区し、これに定数一人を配分した。

(六) 昭和五九年改正において、議員総定数(一二七人)は変更せず、六選挙区において定数配分の改正を行い、三減三増とした。

(1) 千代田区選挙区(定数二人)、中央区選挙区(定数二人)及び台東区選挙区(定数四人)の各選挙区の定数を各一人減員した。

(2) 八王子市選挙区(定数二人)、府中市選挙区(定数一人)、及び西多摩選挙区(定数一人)の各選挙区の定数を各一人増員した。

(七) 昭和六三年改正において、議員総定数を一二七人から一二八人に増員するとともに次のとおり選挙区の分区及び定数配分の改正を行った。

(1) 北多摩第二選挙区(定数三人)を小金井市選挙区(定数一人)と北多摩第二選挙区(国分寺市・国立市)(定数二人)に分区した。

(2) 荒川区選挙区(定数四人)、港区選挙区(定数四人)及び墨田区選挙区(定数四人)の各選挙区の定数を各一人減員した。

(3) 北多摩第五選挙区(定数一人)、南多摩選挙区(定数一人)、三鷹市選挙区(定数一人)及び町田市選挙区(定数二人)の各選挙区の定数を各一人増員した。

4 本件選挙に当たっての定数条例改正について

(一) 定数等検討五人委員会の設置と審議状況

前回、昭和五九年一二月の改正において、昭和六〇年国勢調査の結果をまって、更に是正を図るとの見解が示されていた。

昭和六〇年国勢調査の要計表による人口は、昭和六〇年一二月二四日官報に告示され、その結果、最小選挙区と最大選挙区との較差が三・四〇から三・六九に拡大していることが明らかとなった。都議会は、翌昭和六一年二月二六日、全会派各代表一名による「都議会議員定数等検討五人委員会」を発足させ、是正に向けて検討を開始した。

同五人委員会は、発足以来一年三か月にわたり計一六回の会議を開き、昭和六二年五月二七日に、都議会議長に対して是正の基本となるべき事項を報告した。

審議の対象とされた事項は、公選法関係規定の立法趣旨、同改正の経緯、昭和五六年及び六〇年各選挙に関する東京高裁、最高裁判決の趣旨等であり、種々論議が尽くされ、次の通りの報告がなされた。

(1) 是正にあたっては、東京高裁、最高裁判決を踏まえて、選挙区間の較差を三倍未満にすべきである。なお、具体的な是正に際しては、合区等選挙区の再編成が必要であるという意見もあったが結論には至らなかった。

(2) いわゆる逆転現象については、較差の是正と併せて考慮し、これをできる限り解消するように努めることが適当である。

(3) 北多摩第二選挙区の分区(略)

(4) 上記の趣旨に沿って、東京郁の特牲に適った選挙区別定数を検討するためには、別途、より多くの意見が反映されるべきで検討組織を速やかに設置することが適当である。

(二) 定数等検討委員会の審議

都議会は、右五人委員会の報告を受け、そしてこの間に出された東京高裁判決(昭和六一年二月二六日)、最高裁判決(昭和六二年二月一七日)等の諸事情を踏まえ、昭和六二年七月一〇日「都議会議員定数等検討委員会」を設置した。

該委員会は、以後、昭和六三年七月一一日まで計一一回の審議を重ねるとともに、併行して小委員会を計二一回開催するなど、精力的に定数是正問題等の全面的検討を行った。

該委員会の審議の主課題は、五人委員会の結論を受けて定数、選挙区及び選挙区別定数配分の適正化に関する事項につき、より幅広い意見を反映した具体案を策定することにあった。このような要請から、審議、検討事項は、次のように広範にわたった。

(1) 昭和六〇年選挙に関する東京高裁と最高裁の各判決

(2) 他府県における定数問題の状況

(3) 今後の人口予測

(4) 東京の特殊性

(5) 学識経験者からの意見聴取

(6) 特別区長会、二六市長会各代表からの意見聴取

(7) 分区、合区、定数配分等に関する千代田区及び小金井市の議会、首長側の意見聴取

(8) 具体的な改正案策定の協議

該委員会は、第一〇回委員会において、小委員会から次のような改正案の骨子となる報告を受けた。

(1) 千代田区は、合区せず、特別区扱いとする。

(2) 前回改正(昭和五九年一二月)の定数増減選挙区は定数変更しない。

(3) 総定数は、法定定数(一二八人)どおりとする。

(4) 定数減の順序は、配当基数と現行定数との差が大きい選挙区の順とする。

(5) 北多摩第二選挙区の分区以外は選挙区の変更はしない。

(6) 三多摩と特別区間の不均衡を是正する。

更に、具体的な改正案として、三減四増するもの三案、四減五増するもの二案、五減六増するもの一案の六案を提示し、その較差は三・〇九倍から三・二九倍であった。

(三) 定数等検討委員会の結論

該委員会は前記小委員会の報告を受け、次のような検討結果を都議会議長に報告した。

(1) 総定数について

現行議員定数は、地方自治法で定められた法定数よりも一名少ない一二七名となっているが、これを法定数まで引き上げることが適当であるという意見が多数を占めた。

なお、行政改革の重要性に鑑み、都議会議員についても、その定数の減員方針は維持すべきものであるとする少数意見もあった。

(2) 選挙区の分区・合区

公選法一五条一項の規定により分区する必要が生じている北多摩第二選挙区については、先の都議会議員定数検討五人委員会の報告(昭和六二年五月二七日)のとおり、小金井市と国分寺市・国立市とに分区することが適当である。

その他の選挙区については、次の二つの意見があったが、その一致をみなかった。

<1> 公選法一五条一項の規定に基づき、選挙区の編成はできる限り「郡市の区域」によるべきであるという考え方から、多摩地域におけるその他の選挙区についても、これを分区すべきであるとする意見

<2> 較差是正効果の点から及び有権者の意思をできる限り的確に議会に反映させるべきであるという考え方から、むしろ公選法一五条三項の規定に基づく任意合区を進めるべきであるとする意見

(3) 選挙区の定数配分

荒川、港、墨田の各選挙区の定数を各一人ずつ減員し、北多摩第五、南多摩、三鷹、町田の各選挙区の定数を各一人増員するという三減四増案も支持する意見が多く、その他少数意見として、次の三案が出された。

<1> 八減九増案

荒川、港、墨田、渋谷、品川、大田の各選挙区定数を各一人ずつ減員し、さらに千代田区と新宿区、中央区と台東区とを合区のうえ、それぞれ一名ずつ減員する。

また、練馬、八王子、町田、北多摩第五、南多摩、三鷹、日野、立川、武蔵野の各選挙区の定数を各一人ずつ増員する。

<2> 七減八増案

荒川、港、墨田、新宿、渋谷、文京、目黒の各選挙区の定数を各一人ずつ減員し、北多摩第五、南多摩、三鷹、町田、練馬、足立、江戸川、日野の各選挙区の定数を各一人ずつ増員する。

<3> 三減三増案

荒川、港、墨田の各選挙区の定数を各一人ずつ減員し、北多摩第五、南多摩、三鷹の各選挙区の定数を各一人ずつ増員する。

(4) 是正の目途

前記の諸事項について、速やかに是正を図るため、第二回定例会の会期内に所要の条例改正を行うべきである。

(四) 本会議における定数改正条例の議決

昭和六三年七月一二日の本会議において自民・公明党共同提案による三減四増案及び共産党提案にかかる八減九増案がそれぞれ上程され、討論後採決の結果、自民・公明両党共同提案による三減四増案が賛成多数で可決された。

いうまでもないところであるが、今回の改正では、最高裁の定数に関する判決を踏まえて昭和六〇年施行にかかる国勢調査の結果に基づく較差是正を目的とするものであり、その主眼とするところは、少なくとも、較差を三倍以内とすることと、配当基数が〇・五四六で昭和六三年推定人口によれば〇・五を切っており、平成二年実施される国勢調査においても同様のことが予想される千代田区選挙区をどう取り扱うべきであるかということであった。最終的に千代田区選挙区の合区を主張したのは、一党にとどまった。千代田区選挙区を今後とも独立選挙区とすべきとする多数意見の根拠は次の5の(一)の(2)のとおりであって、特例選挙区扱いを妥当とするものであった。

都議会は、千代田区について右の特殊事情を考慮した上、前述したように総定数を一人増加し一二八人、選挙区については北多摩第二選挙区を小金井市選挙区(定数一人)、北多摩第二選挙区(国分寺市・国立市)(定数二人)とに分区するのみとし、選挙区の定数配分については、荒川、港、墨田の各選挙区の定数を各一人ずつ増員し、北多摩第五、南多摩、三鷹、町田の各選挙の定数を各一人ずつ増員することを議決した。

この結果、千代田区を除く選挙区間の較差は、二・六五倍となり、特例区扱いとする千代田区を加えても較差は三・〇九倍と縮小されることとなった。また、逆転現象も四分の一程度減少し、一三選挙区、五二通りと改善され、主に、特例区間に残存する状態となったが、これは、公選法二六六条二項の特例規定を従前から適用した結果によるものであって、もとよりかかる逆転現象が存在しないことが望ましいが、この程度の存在は違法というべきでなく、都議会の裁量権の範囲内のものというべきである。

5 定数条例改正に伴う較差是正について

これまで述べてきたところにより、本件改正条例が合憲、合法であることは明らかであるが、以下のとおり改正により較差が大幅に縮小された結果、その数値の上からみても違法性が存しないことが明らかである。

(一) 較差是正について

(1) 定数条例の改正に伴い、<1>特例区間の較差は、最小選挙区の千代田区選挙区と最大選挙区の練馬区選挙区で一対二・九一となり、原告らの足立区選挙区とのそれは一対二・四七となった。

また、<2>都平均と最大選挙区の日野市選挙区との較差は一対一・六八と二倍以下に、更に、二三区平均との較差も一対一・七九と二倍以下に縮小された。

そして、<3>最小選挙区は千代田区選挙区となり、最大選挙区は日野市選挙区となった。その較差は、一対三・〇九となり、改正前の最小選挙区の荒川区選挙区と北多摩第五選挙区との較差であった一対三・六九と比較して大幅に縮小された。

加えて、<4>改正前に較差が三倍以上の選挙区は七選挙区であったが、改正後は一選挙区を残すのみとなった。

(2) 本件条例による選挙区別議員定数の配当が憲法及び公選法の要求する投票価値の平等に反するかどうかを判断するにあたっては、右千代田区選挙区を単独選挙区として存置し、議員定数を配当した都議会の取扱いが、憲法及び公選法上都議会に認められている裁量の範囲内にとどまるものとした合理的理由が問われるべきところ、都議会は、本件改正条例の審議にあたり千代田区については、昭和六〇年頃からの人口急減により平成二年実施の国勢調査時には、都議会議員一人当たり平均人口に対する同選挙区の人口の比率(配当基数)が、〇・五を下回ることが確実であり、そのような状態に立ち至った場合においても公選法二七一条二項の規定を適用し、同区選挙区を独立の選挙区として存続せしめる方針のもとに、本件条例改正を行ったものである。このことは、本件条例を議決した都議会本会議会議録において明らかである。

また、右取扱いをするに当たって、都議会は、同区選挙区の沿革、顕著な地域特性、都と特別区との関係、後記<4>で詳述する他道府県には認められない都の特別区の存する区域における市としての機能、指定都市の議会の議員の選挙区における行政区の取扱いにかかる公選法一五条五項但書の規定と都議会議員の選挙区設定との関連など、広範かつ徹底した検討を加え、これら諸般の要素を十分斟酌して、千代田区選挙区を独立の選挙区として存続せしめることとしたものであり、かかる都議会の千代田区選挙区の取扱いには、十分合理的理由が存するものといわなければならない。

<1> 昭和二二年三月、麹町区と神田区とが統合されて千代田区が設置されるまでの間、明治一一年七月、府県会規則制定当時から府(都)議会議員の定数は、同区の前身である麹町区、神田区に配当されており、明治三二年の府県制、昭和一八年の東京都制を通じて増減はあったものの、それぞれ独立した選挙区として定数の配当がなされてきた。また、昭和二二年に千代田区が設置されてからのちも同区を独立の選挙区として定数が配当されており、かくて明治以来、現在に至るまで同区には常に都(府)議会議員の定数が配当され、この間定数が配当されなかったことは皆無である。

都の各特別区は、それぞれの地域特性に即して、それぞれの沿革をもって発展を遂げてきており、住民組織、生活形態、産業・経済、住民感情、地域文化など、それぞれに独自のものを有し、それらが相互に関連しつつ一体となって東京という大都市を形成し、発展してきたのであって、それ故右千代田区における都(府)議会議員の選挙区及び定数の配当の沿革もまた、右のような都の特別区の歴史的発展を反映する必然的所産として評価されなければならないのである。

<2> 千代田区には、わが国の立法、司法、行政の各最高機関及び主要官公庁の殆どが立地し、わが国の首都機能の大半が集中しており、また、皇居も存在する。

このためわが国の資本金五〇億円以上の大規模企業七九一社の約二一パーセントに当たる一六五社が同区に本社を置いていることに象徴されるように、産業、経済、情報機能が高度に集積し、さらにこれに付随して同区人口の約一九倍に達する従業者を主体として一〇〇万人にも及ぶ昼間人口が同区に集中しているのである。また、これらの企業等によって産出される経済価値は巨額であり、その反映ともいうべき法人都民税、法人事業税、法人税などの租税負担をみると、千代田区の人口は都全体の僅か〇・四パーセント、特別区全体の〇・六パーセントにもかかわらず、同区内の租税負担は全都税の約一九パーセント、特別区全体の都税総額の約三一パーセント、国税の都内総額の約二九パーセント、特別区内の約三一パーセントを占めている。

右のような各種機能の高度集積と活発な人的活動は、当然の帰結としてこれを支援する都市的施設の集積をもたらし、都内に存する一三階以上の高層建築物九七二棟のうち同区内にはその約八パーセントに当たる七九棟が、また三〇階以上の超高層建築物に限れば総数二〇棟の約三〇パーセントに当たる六棟が同区内に存するほか、娯楽施設、飲食店、百貨店、病院、ホテル、運輸・通信施設、道路、公園などいずれをとっても住民一人当たりに換算して、同区におけるそれは特別区住民の平均的数値の数倍ないし十数倍に達し、かつ同区における行政需要もまた複雑多様、膨大なものとなっている。

<3> 昭和六〇年一〇月実施の国勢調査時における千代田区の人口は、五万〇四九三人で、同区選挙区の配当基数は、〇・五四六であった。したがって、右選挙区は公選法一五条三項に規定するいわゆる任意合区の適用を受ける選挙区であり、都議会における本件条例改正に当たっては、隣接選挙区との合区も検討されたが、都議会が本件条例改正時において、すでに同区の推計人口(昭和六三年七月一日現在)が四万四二二一人であり、平成二年一〇月実施予定の国勢調査においては、さらに人口の減少が十分見込まれるため、同国勢調査結果判明後は、同区選挙区が公選法二七一条二項の規定に該当することが確実であることを考慮し、同区選挙区を、そのような場合に立ち至ってもなお、独立の選挙区として存置することとしたのは、前記(2)冒頭で述べた合理的理由によることに加え、仮に本件条例改正に際し、同区選挙区を隣接の他選挙区と合区すれば、右国勢調査の結果、同選挙区の配当基数が、〇・五を下回ることとなっても、もはや公選法二七一条二項の規定を適用する余地はなく、今後同選挙区を独立の選挙区とする途が閉ざされることとなり、特別区の存する区域内における各特別区相互間の均衡上及び都議会の有する右区域内にかかる市議会としての機能上、重大な支障を生ずることを考慮した結果にほかならない。

<4> 都は特別区の存する区域において、自治法二八一条及び二八一条の三の規定により、市の行う事務のうち特別区の事務とされる以外の事務を処理することとされ、また、同法二八二条により特別区の事務について特別区相互間の調整上必要な規定を設け、都と特別区及び特別区相互間の財源について調整上必要な措置を講じなければならないものとされている。これは各特別区がそれぞれ歴史的沿革を持ち、自治体として発展しつつ、さらに渾然一体となって大都市を形成している右区域の特性に着目して、都のみに認められた特別な制度であり、他の道府県や指定都市には全く類を見ないものということができる。

ちなみに市の処理する事務のうち、都が特別区の存する区域において処理している事務を例示すれば、一般廃棄物及び産業廃棄物等の収集・運搬・処分などの清掃事業、と畜場・へい獣処理・伝染病院・隔離病舎等の設置、狂犬病予防、有害家庭用品の製造などに対する措置命令、興行場・百貨店等の特定建築物の衛生的環境の確保に関する事務、地域地区・都市施設・市街地再開発事業などの都市計画決定に関する事務、特定建築物にかかる建築指導事務、上、下水道の設置・維持・管理、給水及び下水処理事業、消防及び救急業務その他極めて多岐にわたっており、加えて指定都市の処理する事務の多くもまた都が処理しているのである。

これらの事務の処理及び右自治法の規定による各特別区相互間の調整にかかわる事務は、すべて都議会の関与するところであり、これは他道府県議会の有しない都のみに認められる特有の機能というべく、都にかかる市としての機能が存する以上、公選法一五条五項但書の趣旨に即し、各特別区の区域をもって選挙区とするのは、むしろ当然のことといわなければならない。

加えて、各特別区は、明治以来それぞれ区(議)会を有し、独立の自治体として存続、発展しつつ、相互に緊密な連携を保ち、一体となって大都市を形成しており、特別区の存する区域の均衡ある発展を確保するためには、これら各特別区の区域を選挙区として、それぞれの地域を選挙区として、それぞれの地域を代表する議員を選出せしめることは都政にとって欠くべからざる要請というべきである。

<5> 大都市である自治法二五二条の一九第一項の指定都市にあっては、その行政区の区域をもってその市の市議会議員の選挙区とするような公選法一五条五項但書で定められ、都道府県の議会の議員の選挙区のように、合区は認められていない。これは、大都市にあっては、各行政区の区域がそれぞれ異なった地域特性を有し、市全体の均衡ある発展のためには、それぞれの地域を代表する議員の選出が必要であり、それ故各行政区の区域をもって選挙区とし、合区を認めないこととしているのである。

この理は、前述のように、都議会が有する特別区の存する区域にかかる市議会としての機能に照らし、指定都市を超える大都市を形成している都の特別区の存する区域についても、全く同様に適合すべく、都議会が本件条例改正にあたり、右の理に従い千代田区を独立の選挙区とし、合区しないこととした決定は、正当かつ合理的なものであり、かえって同区選挙区の隣接選挙区との合区は、公選法一五条五項に但書を加え、大都市行政の均衡ある発展を期することとしている法の趣旨に反することになるものといわざるを得ない。

<6> 千代田区は、昭和六〇年七月、同区政運営の大綱を定めた同区基本計画の見直しを行い、右計画に基づき同区の都市整備の基本方針として、昭和六二年一〇月、「千代田区街づくり方針」を策定した。この街づくり方針は、常住人口のおよそ二〇倍に相当する一〇〇万人に及ぶ昼間人口の集中と大規模事業所の高度集積に伴う膨大な行政需要に対応するため、「住民、企業、行政」が三位一体となって街づくりを推進することが必要であり、そのため昼間人口を昼間区民と位置づけ、町会組織をはじめ地域における各種団体も地域に開かれた組織として、企業及び在勤者を含んだ自治組織へと発展し、その基盤が強められることを期待している。

右街づくり方針における住民・企業・行政が一体となった新たな自治の形態は、他に類例を見ない都心部千代田区特有の、したがって、既存の地方自治の概念をもってしては対応の困難な、新たな課題を解決するための必然的な帰結であり、また新たな形態の自治を模索しつつある千代田区を他の条件を異にする自治体と同一に論ずることは甚だ不適切というほかはない。

以上、本件条例において、千代田区を独立の選挙区として存置することとした都議会の決定は、正当かつ合理的理由が存するものというべく、同区選挙区を独立の選挙区として存置する以上は、最少議員定数として一人を配当すべきことは明らかであるから、かかる考慮のもとに同区選挙区に配当された議員定数をもって算定された選挙区間の較差が三倍を超えることとなっても、その較差の存在は憲法及び公選法の要求する投票価値の平等に反するものといえず、都議会に認められた裁量の範囲内にとどまるものであるといわなければならない。

加えて、右較差は、最高裁昭和六二年二月一七日第三小法廷判決において「定数が一人で人口が最も少ない選挙区と他の選挙区とを比較した場合、それぞれの議員一人当たりの人口に一対三程度の較差が生ずることがありうるが、それは右に述べた公選法の選挙区割りに関する規定に由来するものであって、当該議員定数配分規定をもって同法一五条七項の規定に違反するものということはできない。」と判示されているところの公選法選挙区割りに関する規定に由来する較差に極めて近い較差であり、しかも右較差を示す選挙区が一に述べたように唯一、千代田区選挙区と日野市選挙区(いずれも定数一人の選挙区である。)との間にのみ存している本件条例による選挙区別議員定数の配分は、憲法及び公選法の要求する投票価値の平等に反するものとは到底言うことはできず、千代田区選挙区を基準とする最大較差三・〇九は、右に明らかなように同選挙区の正当かつ合理的な取扱いの結果である。

いづれにしても、本件条例は、都区制度及び千代田区に特有の事情を正当に評価し、その人口数の如何にかかわらず独立選挙区とすべきものとの思想から特例区扱いの独立選挙区として存置したものであるから、議員一人当たりの人口較差を問題とする場合は島部選挙区の場合と同じく、むしろこれを除いた選挙区間の較差が第一次的に問題とされるべきところ、その較差は台東区選挙区を基準とする二・六五倍程度に改善されたのであるから、本改正による定数条例を違法というべき筋合いはなく、千代田区を加えた場合の較差が三・〇九倍程度であっても、これは人口数にかかわらない前記の特別事由に基づく選挙区設定の結果によるものであるから合理的較差として許容されるところというべく、結局、本件条例により定数問題についての違法は解消されたものといわなければならない。

なお、千代田区選挙区の取扱いについて、原告は、「公選法二七一条二項の規定を先取りして適用した。」とし、また、「将来行われる国勢調査において予測される人口を根拠に選挙区の存置、議員の配分等の判断をなすことは脱法行為に他ならないのである。」と指摘しているが、これは全く当を得ないものである。

すなわち、本件条例改正にあたっては、千代田区に見られる特別の事情を考慮して、同区選挙区を公選法一五条三項による隣接区との合区を行うことなく、独立の選挙区として存置したものであり、その結果生じた最大較差三・〇九倍が都議会に認められた裁量権の範囲にとどまることを明らかにしたのであって、右特別の事情の考慮に際し、公選法二七一条二項適用の可能性についても検討を加えたにとどまり、原告の主張するような先取りして適用したものはない。

(二) いわゆる逆転現象について

選挙区間のいわゆる逆転現象については、この改正に伴い、四分の一程度の逆転現象が解消された。すなわち、改正前、逆転関係が七〇通り存したが、改正後は五二通りに減少した。これは、議員一人当たり人口の割りに、定数の多かった荒川、港、墨田の各選挙区の定数減によって、より多くの解消が図られたものである。

なお、選挙区別議員定数の配分が、憲法及び公選法の要求する投票価値の平等に反するかどうかを判断する場合においては、各選挙区間の議員一人当たり人口の最大較差が、憲法及び公選法の許容する限度に止まっているか否かによってなされるべきところ、最大較差がこの限度内にとどまる限り、そこにいわゆる逆転現象が生ずることがあっても、その逆転現象の存在することをもって、当該選挙区別議員定数の配分が、直ちに憲法及び公選法の要求する投票価値の平等に反するということにはならないといわなければならない。

要するに、各選挙区間の議員一人当たり人口の最大較差が、憲法及び公選法の要求する投票価値の平等を損なう場合において、副次的に逆転現象の存在が問われるに過ぎないものである。そうして、この理は、次の判例に徴し明らかといわねばならない。

昭和六一年七月六日執行の衆議院議員選挙において議員一人当たり人口の最大較差が二・九九倍(長野三区一・〇〇対神奈川四区)、逆転関係が一、〇六八通り存したにもかかわらず、最高裁は当該選挙における選挙区別議員定数の配分を合憲とする判決(最高裁昭和六三年一〇月二一日第二小法廷判決)をした。

すなわち、この選挙における逆転関係の状況を仔細にみれば、例えば最大較差を有し、選挙の効力が争われた神奈川四区は、現行中選挙区制を前提とする人口比例配分の場合、定数五人となるべきところ四人となっているが故に、これより人口が少なく、かつ定数五人の京都二区をはじめ能本二区など計三七選挙区との間に逆転関係を生じており、また、このうち人口の最も少ない熊本二区との較差は、二・八九となっている。同様に、広島一区(定数三人)は、これより人口が少なく、かつ議員が二人多い定数五人の選挙区に関して三〇選挙区、定数四人の選挙区に関して二八選挙区の計五八選挙区との間に逆転関係を生じている。各群のうち議員一人当たり人口の最大較差は、前者にあっては、二・七一、後者にあっては二・八一となっているのである。このような状況の選挙区別議員定数の配分のもとに行われた衆議院議員選挙について、最高裁は、その判決において、「その当時の右議員一人当たりの選挙人数又は人口の較差及び逆転現象が示す選挙区間の投票価値の不平等が存するものと言うべきであるが、その不平等は、右昭和六一年改正法の成立までの経緯に照らせば、選挙人数又は人口と配分議員定数との比率が最も重要かつ基本的な基準とされる衆議院議員の選挙制度の下で、国会において通常考慮しうる諸般の要素を斟酌してもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているとまでいうことができない。」と判示し、右逆転現象の存在を認めつつも、選挙区間に存した最大二・九九倍の較差を有することにつき「本件議員定数配分規定が憲法に違反するものとはいえないことは明らかというべきである。」と判決しているのである。

ところで本件選挙は、条例改正前に七〇通り存した逆転関係を五二通りに大きく減少させたうえで執行されたものであるが、全選挙区間の比較対照を行ってみても、次のとおり是正が図られたということができるのである。すなわち、四一の全選挙区について相互に逆転関係の対比を行う組合わせ数は一、六四〇通り存し、このうち逆転関係が五二通りに減少(特別区各選挙区間においては一九通りから一七通りに減少)したものであるから、全組合わせ数に対する比率は、三・一七パーセントとなり、改正前の四・四八パーセントと比較して大きく減少したことになる。また、先に述べた参議院議員選挙にあってはこの比率が六・三六パーセントであることと対比しておよそ半分でしかなく、逆転関係についても相当な是正が図られたというべきである。

以上のような見地に立って判断すれば、逆転現象に関する原告の主張は妥当を欠く見解といわねばならない。

(三) 公選法上の較差の許容限度

公選法は、議員定数の選挙区別配分を人口比例で行うことを原則としているが、もとよりそれは、各選挙区の議員一人当たり人口の完全な一致を意味するものではない。議員一人当たり人口の間に次のような差が生ずるのは、法が当然予定しているところである。すなわち、当該都道府県の議員一人当たり人口を一とした場合、それに対する指数〇・五で定数一人を配分された選挙区と指数一・五を超えてなお定数一人の選挙区との間では、議員一人当たり人口は「一対三」程度のひらきが生ずることになる。詳細に計算したものは前示別表[1]のとおりである。これは、公選法が明文をもって許容している選挙区間の議員一人当たりの人口のひらきである。換言すれば、法の規定する人口比例の原則とは、「一対三」程度のひらきが生じても、それが公選法一五条七項但書あるいは、公選法二六六条二項の規定に基づく等、合理的理由に基づく限り、右特別の範囲内として違法性をおびないものと思料される(今回の改正は、右諸条項を適用し、一対三・〇九としたものであるから違法性はないといわなければならない。)。

このことは、昭和五九年五月一七日の最高裁判決の中でも伺うことができる(最高裁昭和六二年二月一七日判決も同旨)。すなわち、定数配分規定が違法の状態となったのは、昭和四五年一〇月実施の国勢調査の結果が判明した時点としている点であり、それ以前には違法性がなかったとの判示と受けとれるのである。つまり、昭和四五年以前の較差「一対三・一一」程度は許容される範囲であると解することができ、又、後述するがごとく衆議院の場合においてさえも、一応三・五倍程度までは許容されると理解し得るのである。それ故、本件選挙時における「一対三・〇九」程度の較差は数値的にみても十分法の許容範囲と思料されるところである。

(四) 国の選挙(衆議院)における最高裁判所の較差の許容限度

次に公選法一五条七項但書の適用のない衆議院の場合について考察する。

過去の衆議院議員選挙に係る定数訴訟の大法廷の判決の中では、最高裁は較差の許容限度についての数値基準を明確に判示していない。

しかし、昭和六〇年七月一七日の判決で、「昭和五〇年改正法による改正の結果、従前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態は、一応解消されたものと評価することができるものというべきである」と述べている。これは、昭和五〇年の改正において、最大較差が一対四・八三から一対二・九二に縮小したことについての評価である。つまり、最大較差「一対二・九二」については憲法の許容する範囲内の較差と認めている、他方、昭和五八年一一月七日の判決では三・九四倍について違憲状態との判断を示したものと解されている。したがって、数値的には、三から四の間に許容限度が存するものと解され、その中間値の三・五倍程度を一応の限界値とみなすのが常識にも合致し妥当というべきであろう。

また、最大較差が二・九九倍であった昭和六一年七月六日執行の衆議院議員選挙に関する判決でも同様の趣旨がうかがわれるところである。

6 万一被告の主張が容れられず、本件選挙に違法をおびる点があると仮定しても、これに基づく選挙の効力については自ら別異の考慮を必要とし、事情判決の法理を適用し本件請求は棄却されなければならない。

(一) 最高裁昭和五一年四月一四日大法廷判決では、衆議院議員選挙に関する定数違憲選挙無効請求事件につき、「選挙無効の判決によって得られる結果は、当該選挙区の選出議員がいなくなるというだけであって、真に憲法に適合する選挙が実現するためには、公選法自体の改正にまたなければならないことに変わりはなく、更に、全国の選挙について同様の訴訟が提起され選挙無効の判決によってさきに指摘したのとほぼ同様の不当な結果を生ずることもありうるのである。また、仮に一部の選挙区の選挙のみが無効とされるにとどまった場合でも、もともと同じ憲法違反の瑕疵を有する選挙について、そのあるものは無効とされ、他のものはそのまま有効として残り、しかも、右公選法の改正を含むその後の衆議院の活動が、選挙を無効とされた選挙区からの選出議員を得ることができないままの異常な状態の下で行われざるをえないこととなるのであって、このような結果は、憲法上決して望ましい姿ではなく、また、その所期するところでもないというべきである。それ故、公選法の定める選挙無効の訴訟において同法の議員定数配分規定の違憲を主張して選挙の効力を争うことを許した場合においても、右の違憲の主張が肯認されるときは常に当該選挙を無効とすべきかどうかについては、更に検討を加える必要がある」とし、さらに「行政事件訴訟法第三一条第一項前段の事情判決の法理は行政事件の取消の場合に限られない一般的な法の基本原則」であることを明らかにし、これを適用して選挙は無効とすべきものではないと判示し、原告の請求を棄却すると結論付けているのである。参議院議員と都議会議員、公選法と条例という根拠法令の違いはあれ、いずれも議員の定数を定める規定の違憲違法性が問われている裁判であるから、右大法廷判決の判示にかかる法理は当然本件にも適用されるものといわなければならない。

(二) また、既に詳述したように都議会は最高裁の判断を踏まえ、その都度改正を重ねており、特に今回は千代田区という国並びに都の中枢的機能が集中する選挙区を、今後とも特例区扱いとする方針のもと、独立選挙区として存置させるとともに、極力較差是正を図るべく三減四増を行ったものである。この結果、改正前の最大較差三・六九倍から、千代田区を除く場合には二・六五倍と三倍を大きく下回り、又千代田区を加えても三・〇九倍と合理的較差として許容される限度内にとどめたのである。

しかしながら、本件選挙後の新都議会議長が就任談話で、「是正が十分でない面がある。平成二年一〇月実施の国勢調査の結果をふまえて検討したい。」として定数是正に取り組む考えを示している。

したがって、仮に裁判所から見た場合、右程度をもってしてもなお違法性をおびる点があり、引続き改正を必要とするとしても、都議会はさらに較差是正を図るべく検討することが考えられるから、裁判所は都議会の自主的努力に期待し、選挙を無効とする判断を留保するのが相当というべきである。

よって、本件請求は棄却を免れない。

(原告ら)

四 被告の主張に対する反論

1  選挙無効を求める訴えの適法性について

裁判所が選挙無効の形態の訴訟を容認する以上、当然のこととして場合によっては実際に選挙無効の判決もあり得るということが想定されていなければならない。違法な定数配分規定に基づく違法な選挙と認定しても、常に事情判決の法理に依拠して選挙を有効とし選挙無効を回避し続けるとすれば、そもそも裁判所が、選挙無効訴訟を容認したことと根本的に矛盾してしまう。

したがって、裁判所としては、選挙無効の判決後の措置まで含め、法的・制度的対応は可能との判断をしているはずである。だからこそ最高裁は、前々回の都議会議員選挙無効訴訟に関する上告審において、選挙無効の結果行われなければならない再選挙を不可能と主張する都選管の上告理由を却け、再選挙は可能と判断しているのである。

公選法二〇三条による選挙無効の訴えは、訴訟を提起する選挙人自身が所属する選挙区の選挙無効を提起するものであり、該選挙区の選挙区の選挙無効判決は対世効を持つものではないから、当該選挙区の選挙のみが無効となるだけである。

なお、理論的には、全選挙区の選挙人から選挙無効訴訟が提起され、その結果全選挙区の選挙が無効となって、全議員不在となる場合も仮定されるが、裁判所が選挙無効訴訟を容認する以上は、その場合の対処として、六一年二月の東京高裁判決が説示するとおり、適法な議員定数配分規定を定める権限と責任が裁判所にあるとしなければならないことになる。

2  逆転現象について

投票の結果価値の平等思想は、各選挙人が自己の選ぶ候補者に投じた一票がその者を議員として当選させるために寄与する結果を平等化することを求める憲法上の要請である(最高裁昭和五一年四月一四日大法廷判決)。その投票価値は、各選挙区の選挙人数(ないし人口)に対する議員定数の配分で決まる。したがって、投票価値の平等は、各選挙区間において考慮されるべきものであり、較差が最大の二選挙区間の比較においてある程度以内に収まりさえすれば、他の選挙区間ではどのような不合理があろうと容認される、ということにはならない。だからこそ、各選挙区について現実の定数と人口比例定数との整合性、各選挙区間の逆転現象についても検証される必要があるのである。

実際にこれまで、都議選についての昭和五八年七月二五日の東京高裁判決以来、裁判所は、投票価値の較差の最大値のみでなく、各選挙区の現実の定数と人口比例定数との整合性、各選挙区間の逆転現象についても、定数配分規定の合法・非合法の判断根拠にしてきた。最高裁は、特に逆転現象に注目し、昭和六二年判決では、「公選法が全くこれを予定するものでないことはいうまでもない」と指摘し、昭和六〇年都議選の際の定数配分規定を違法と判断する根拠としているのである。人口比例で配分しさえすれば、逆転現象が生じる余地は全くないからである。その点で、人口の多い選挙区の方が、人口の少ない選挙区よりも議員定数が少ないというこの逆転現象は、人口比例原則を根本から否定、無視するものであり、到底容認され得ないのである。

そこで具体的に本件選挙時の逆転現象を考察すると、全体で五二通りもの逆転現象が認められるが、特別区内について見ると、一七通り存在しており、昭和六〇年選挙時と変っていない。

特に、練馬区と杉並区との間で定数が二人も逆転していることについて、一体いかなる合理的理由があり得るのであろうか。この練馬区と杉並区との間の逆転現象は、前々回の昭和五六年選挙時(昭和五五年国勢調査)から存在したのであり、昭和五九年、六三年の二度の定数条例改正時に是正すべきであったにもかかわらず、今日に至るまで依然放置されたままになっているのである。

3  人口比例定数と現実の定数との不整合について

東京都議会議会局資料が、定数配分是正作業の進行中に発行している資料「調査資料速報-都議会議員定数関係特集[2]」(昭和六三年二月)において示しているとおり(別表第六)、配当基数が定数を上まわっている選挙区の一位は練馬区、二位が足立区である。すなわち、練馬区は、配当基数六・三一一と定数四との間に二・三一一のずれが生じており、足立区は配当基数六・六八四と定数五との間に一・六八四のずれが生じている。両選挙区とも、定数は人口比例に対し二も不足しているのである。

昭和三〇年以降の国勢調査及びそれに基づく各選挙区の配当基数等(別表第七~第十二)を調査し、それを練馬区と足立区について比較してみると次のとおりとなる。

練馬区では、早くも昭和三五年国勢調査で定数と人口比定数の不整合が生じ昭和四〇年国勢調査以降は、人口比定数に対し、現実の定数が二不足する状態が継続している。足立区では、昭和四〇年国勢調査で定数と人口比定数の不整合が生じ、昭和五〇年国勢調査以降は、人口比定数に対し、現実の定数が二不足する状態が継続している。一体、どのような「特別の事情」があって、練馬区については二〇年間以上にもわたって、足立区については一〇年間以上にもわたって定数が二も不足するという人口比例からの著しい逸脱状態を継続させることが妥当とされたのであろうか。正当な「特別の事情」などあり得ようはずがないのである。

都議会は、昭和四八年第一回定例会における定数条例の改定の際、「東京都議会議員の各選挙区における議員の数について、昭和五二年に予定される一般選挙に対処するにあたっては、人口比の原則により不均衡の是正を図るよう配慮すべきである」という付帯決議を全会一致で可決している。

都議会は、自からかかる決議をしながら、その後も人口比の原則に従った定数配分の不均衡是正をせず、上記のような甚だしい人口比からの逸脱を放置してきたのである。

4  三倍未満較差合法論の不当性について

現行の定数条例では、議員一人当たり人口の較差は最大三・〇九倍であり、三倍を超えているが、仮にそれが三倍未満であれば合法と考えた場合は、次のような不当な状態が生じる。すなわち、議員一人当たり人口が最少の千代田区の人口五万〇四九三人の三倍は一五万一四七九人であるから、他選挙区の議員一人当たり人口が一五万一四七九人未満であればよい、ということになる。

そこで例えば、特別区内で人口が最多の世田谷区について検討してみると、千代田区との較差が三倍未満との条件を満たす世田谷区の定数は、六~九の範囲ということになる。世田谷区の人口比定数は九(現行定数は一過少の八)であるから、人口比定数よりも三過少(規定数よりも二過少)の六でも良いということになってしまう。

以上からして、最大較差が三未満であれば合法というような考え方は、粗雑過ぎるのであって、人口比での定数配分こそが基本なのである。

5  都の定数条例が、公選法一五条七項に違反するに至った時点について

最高裁は、昭和五九年五月一七日判決及び六二年二月一七日判決において、都議会制定の定数条例が公選法一五条七項に違反するに至った時点を「遅くとも昭和四五年一〇月実施の国勢調査の結果が判明した時点」だと指摘する。ここで最高裁が「遅くとも」と述べているのは、違法状態に到達した時点の特定としてはあいまいであり、正確には以下に指摘するとおり、昭和四四年三月三一日の定数条例公布の時点からであると判断される。

昭和四〇年一〇月の国勢調査の結果、特別区内の定数配分は人口比例原則とかなり不整合となっていること、特に台東区は定数が二過剰、練馬区が二過少となっていることが判明した(別表第九)。そのため都知事は、昭和四四年七月の選挙前の同年三月の第一回定例会に定数条例の改正案を都議会に提出、台東区については定数五を四に一減、練馬区については定数三を四に一増し、両選挙区の定数の人口比定数からのずれをせめて一にしようとした。ところがこの知事提案に対し、同年三月二七日、台東区と練馬区について一減一増を行わず、元どおりにする定数修正動議が提出、可決され、両選挙区の定数が人口比から二もずれている不整合を以前のまま放置した。このときの都議会会議録を検討しても、いかなる「特別の事情」があって両選挙区の定数が二も人口比に対し不整合であって良いのか、全く明らかにされていない。

以上からして、同定数条例が公布された昭和四四年三月三一日の時点を以て同条例が公選法一五条七項違反状態に到達したと判断できる。

6  千代田区選挙区を特例選挙区扱いしたことについて

(1) 被告の主張は、要するに、千代田区選挙区を特例選挙区扱いして議員一人当たり人口較差を判断した根拠について、平成二年実施の国勢調査においては、都議会議員一人当たり平均人口に対する同選挙区の人口の比率つまり配当基数が〇・五を下回ることが確実であるからという理由で、公選法二七一条二項の規定を先取りして適用した、という趣旨であると判断される。しかしこの主張は、以下に指摘するとおり、到底妥当性を持つものではない。

先ず、公選法施行令一四四条は、公選法上及び公選法施行令上の「人口の定義」として、人口は、官報で告示された最近の国勢調査又はこれに準ずる全国的な人口調査の結果による人口による、としており、本件においては、昭和六〇年の国勢調査人口により確定した人口がそれに当たる。将来行われる国勢調査において予測される人口を根拠に選挙区の存置、議員の配分等の判断をなすことは脱法行為に他ならないのである。

次に、仮に平成二年度に行われる国勢調査人口を予測して選挙区の存置、議員の配分等を決めるとしても、その場合は、千代田区のみでなく、他選挙区の人口すべてについて予測を立てたうえで判断をなすのが当然である。

そこで、本年八月一日現在の住民基本台帳人口に基づき都下の各選挙区の人口をみると(別表第十三参照)、議員一人当たり人口の較差の最大値は三・三二倍(千代田区・日野市間)に達しており、新らしく練馬区と八王子市と立川市も千代田区との間で較差が三倍以上に達していることがわかる。さらに、練馬区は、人口比で定数配分すれば七人となり、現定数は四人であるから三人も不足していることになる。

こうした諸点をすべて考慮に入れたうえで、千代田区の扱いについて考えるのであればともかく、千代田区のみピック・アップし、他選挙区について予測される人口変動を考慮しないのは不当な処置である。

(2) 次に被告は、千代田区の様々な行政需要を挙げ、それを以て同選挙区を独立の選挙区として存置した理由と主張している。しかし、本来、行政需要は行政執行機関の施策において充足されるべきものであり、立法機関としての役目として行われるものではない。

また、選挙区を他選挙区と合区する場合でも、行政区としての区分が消滅するわけでもないから、行政執行に変動を生ぜしめるわけでもないのである。

被告の主張は、都議会議員が本来全都民の代表であって地域利益の代表ではないという代表観念を全く形骸化させる不当な主張でしかない。

第三  証拠関係<省略>

理由

第一  本件訴訟の適法性について

一  請求の原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

右によれば、原告らの公選法二〇二条一項による異議申出に対し、被告が平成元年八月四日これを却下する旨の決定をし、同日、決定書が原告らに交付されたところ、原告らが同月七日に本訴を提起したことは記録上明らかであるから、本訴中本件選挙のうち足立区選挙区における選挙の無効を求める訴えは、公選法二〇三条の訴えとして適法というべきである。

二  右の訴えについて、被告がこれを不適法であるとしてその却下を求める主張の理由がないことは、すでに最高裁の判例(最高裁昭和五一年四月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二二三頁、同五八年一一月七日大法廷判決・民集三七巻九号一二四三頁、同六〇年七月一七日大法廷判決・民集三九巻五号一一〇〇頁、同五九年五月一七日第一小法廷判決・民集三八巻七号七二一頁、同六〇年一〇月三一日第一小法廷判決・裁判集民一四六号一三頁、同六二年二月一七日第三小法廷判決・裁判集民一五〇号一九九頁参照)の示すところであり、当裁判所も同一の見解であるから、右被告の主張は採用することができない。

なお、本件訴えのうち、適法な定数配分規定を示すことを求める訴えについては、後述のとおりである。

第二  本件条例による定数配分規定の適法性について

一  公選法一五条七項の趣旨

公選法一五条七項は、「各選挙区において選挙すべき地方公共団体の議会の議員の数は、人口に比例して、条例で定めなければならない。」として、議員の定数配分を人口比例の原則によるべきことを明らかにしたうえ、同条但書において、「ただし、特別の事情があるときは、おおむね人口を基準とし、地域間の均衡を考慮して定めることができる。」として右の原則を緩和し、地方公共団体の議会が議員定数配分規定を定めるに当たり、人口比例により算出される数に地域間の均衡を考慮した修正を加えて選挙区別の定数を決定する裁量権を認めている(なお、都の議会の議員の定数配分に関する特例を定めた同法二六六条二項は、同法一五条七項但書の規定が存しなかった当時に設けられた規定であって、同但書の規定以上に広範な裁量権を都の議会に付与するものとは解されない。)。

そして、議員定数配分規定が公選法一五条七項の規定に適合するかどうかについては、地方公共団体の議会の具体的に定めるところがその裁量権の合理的行使として是認されるかどうかによって決するほかはないところ、具体的に決定された定数配分のもとにおける選挙人の投票の有する価値に不平等が存し、あるいはその後の人口の変動により右不平等が生じそれが地方公共団体の議会において地域間の均衡を図るため通常考慮することができる諸般の要素をしんしゃくしてもなお一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているときは、右のような不平等は、もはや地方公共団体の議会の合理的裁量の限界を超えているものと推定され、これを正当化すべき特別の理由が示されない限り、公選法一五条七項違反と判断されざるをえないものというべきである。なお、制定又は改正の当時適法であった議員定数配分規定のもとにおける選挙区間の議員一人当たりの人口の較差が、その後の人口の変動によって拡大し、公選法一五条七項の選挙権の平等の要求に反する程度に至った場合には、人口の変動の状態をも考慮して合理的期間内における是正が同項の規定上要求されているにもかかわらずそれが行われないときに、初めて当該議員定数配分規定が同項の規定に違反するものと断定すべきである(前掲最高裁昭和五九年五月一七日第一小法廷判決、同六二年二月一七日第三小法廷判決参照)。

二  本件条例による定数配分規定の制定

<証拠>によれば、被告の主張4のような経過で、昭和六三年七月一三日都議会は、本件条例を可決した。それは、総定数を法定定数(一二八人)とし、荒川区、港区、墨田区の各選挙区の定数を一人ずつ減らし、北多摩五区、南多摩区、三鷹市、町田市の各選挙区の定数を一人ずつ増やすといういわゆる三減四増による改正であった。その結果、被告が右4において主張するように、従来に比べれば一応の改善がされたことが認められる。

三  しかしながら、本件条例による定数配分規定には、なお、原告らが請求の原因5で指摘するような不十分な点が多々認められる。

殊に別表第二(その数値は、当事者間に争いがない。)の配当基数によって算出される人口比痰ノよる定数配分と比較すると、本来、区部の定数は九〇人であるのに九六人に、市郡部では三七人であるのに三一人になっており、また区部では二三区中一六区が、市郡部では五市が人口比例と一致せず、二人不足する選挙区として足立区、練馬区及び八王子市がある。

また、議員一人当たりの人口較差については、前記別表第二の配当基数に応じて定数を配分した人口比定数(すなわち、公選法一五条七項本文の人口比例原則に基づいて配分した定数)により較差を算出すれば、最大一対二・七五(千代田区選挙区対武蔵野市選挙区)となることが計算上明らかであるところ、本件条例による定数配分規定では最大一対三・〇九(千代田区選挙区対日野市選挙区)であり、さらに、別表第四(その数値は当事者間に争いがない。)のとおり、人口の多い選挙区のほうが人口の少ない選挙区より議員定数が少ないといういわゆる逆転現象が依然として五二通り存在し、そのうち区部では一七通りあり、なお、二人も逆転している現象が練馬区対杉並区を初めとして六通りもある。

本件条例による定数配分規定における選挙区間に存した右のような投票価値の較差は、選挙区の人口と配分された定数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準とされる都道府県議会の議員の選挙制度において、前記の多数の逆転現象のあることを考え合わせると、都議会において地域間の均衡を図るため通常考慮することのできる諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達していたというべきであり、このような不平等は、もはや都議会の合理的裁量の限界を超えているものと推定され、これを正当化すべき特別の理由が示されない限り、公選法一五条七項の投票価値の平等の要求に反する程度に至っていたものと判断されざるをえないところ、本件において右特別の理由を見いだすことはできない。

もっとも、これらの点について、被告は、議員一人当たりの人口については、公選法の規定自体がある程度の較差を前提とするものであり、また最高裁の判例は三倍から四倍の間程度の較差を認めている旨主張する。

しかし、公選法一五条の規定がある程度の較差を前提とするものであるとしても前示のとおりそれには限度があるのであり、被告主張の別表[1]の数字は現行の選挙区を前提とするものではないし、また、最高裁の判例が当然に三倍から四倍の間程度の較差を許容しているとは解されない。

また、被告は、千代田区選挙区対日野市選挙区の人口較差が一対三・〇九となったことについて、千代田区選挙区の歴史、行政需要、今後の人口推移等を挙げて、千代田区選挙区を特別扱いした理由を詳述する。そして、確かに<証拠>によれば、千代田区について、被告の主張するような事情が認められる。

しかしながら、被告が主張する事由は、本来千代田区選挙区の配当基数が〇・五を割り、公選法二七一条二項の適用が問題となった際に考慮されるべき事項であるところ、本件がその場合に当たらないことは被告も自認するところである。また、それは、右の条項が適用されない本件において、千代田区選挙区とその他の選挙区との議員一人当たりの人口較差を正当化するに足りる合理的理由になるかは疑問である。すなわち、これらの主張は、基本的には、被告が従来から選挙無効訴訟において主張したが裁判所の受け入れるところとならなかった昼間人口論等を基礎とするものであり、行政需要の多いことなどが当然に選挙区間の議員一人当たりの人口較差を正当化する理由になるとは考えられない。しかも、それは、都議会議員の地域代表者的性格を過度に強調するものであり、また、<証拠>により認められる都議会における審議の状況からみても明らかなとおり、千代田区選挙区を合区せず、独立の選挙区として残した場合においても、各選挙区の定員の増減方法いかんによっては、選挙区間の議員一人当たりの人口較差を前記の最大一対三・〇九(千代田区選挙区対日野市選挙区)以下に押えることも可能であったのであるから、結局、前記事由は、右較差を正当化するまでの理由にはなりえないというべきである。

さらに、被告は、逆転現象について、本件改正により、四分の一程度はそれが解消されたこと、なお、各選挙区の議員一人当たりの人口較差が公選法の許容する範囲内であるかぎり、そこに逆転現象が生ずることがあっても、これをもって直ちに投票価値の平等に反するということはできない旨主張する。しかしながら、この点についても、前記認定のとおりの程度ではその解消が十分であるとは到底いえず、また前述のとおり、本件において右人口較差が公選法の許容する範囲内であるということもできないから、被告の右主張も理由がない。

四  ところで、定数条例のもとにおける選挙区間の投票価値の較差は遅くとも昭和四五年一〇月実施の国勢調査の結果が判明した時点においてすでに公選法一五条七項の選挙権の平等の要求に反する程度に至っていたものであり、右較差が将来更に拡大するであろうことは東京都における人口変動の経緯に照らし容易に推測することができたにもかかわらず、都議会が極く部分的な改正に終始し、右較差を長期間にわたり放置していたことは、前掲最高裁昭和五九年五月一七日第一小法廷判決の判示するとおりであり、また、都議会が右判決の言渡し後に、昭和五九年東京都条例一三〇号をもって定数条例の一部改正を行い、三選挙区について定数一人を各減員し、三選挙区について定数一人を各増員したが、右改正も部分的是正の域を出ず、投票価値の不平等状態を解消するには不十分であったことは、前掲同庁昭和六二年二月一七日第三小法廷判決の判示するところであって、当裁判所も同一の見解である。さらに、その後昭和六〇年国勢調査の結果に基づく東京都昭和六三年条例一〇七号による改正の本件条例も根本的是正という点からするとなお不徹底であり、投票価値の不平等状態を解消するには不十分であることは前示のとおりである。したがって、都議会は、定数条例のもとにおける投票価値の不平等について、公選法一五条七項の規定上要求される合理的期間内における是正をしなかったものであり、本件条例は、本件選挙当時、全体として同項の規定に違反するものであったと断定せざるをえない。

第三  本件選挙の効力について

以上のとおり本件条例による定数配分規定は違法であり、弁論の全趣旨によれば、昭和四四年の配分規定に基づく昭和五六年の都議会議員選挙以来二度にわたり選挙が違法である旨の判決が言い渡されていることが認められること、本件改正も依然根本的な改正とはいえないことなどからみると、このような状態を改めずに本件条例のもとで行われた本件選挙の効力には疑問がないわけではない。しかし、前記認定のとおり、本件条例による定数配分規定によれば、議員一人当たりの人口較差が三倍を超えるのは一例であるなど、較差是正について従来と相当改善のあとがみられること、なお、東京都における人口変動の経緯からみて平成二年に行われる国勢調査の結果千代田区選挙区については、配当基数が〇・五を割ることも予測され、その段階で公選法二七一条二項を適用するかどうかの問題が生じ、それにより選挙区間の最大較差の変動(減少)もありうること、弁論の全趣旨によれば、都議会において、なお定数是正問題に取り組む姿勢の窺われることなどの事情に照らすと、近い将来において適法な配分規定の定められる可能性が十分に存するものと認められ、現段階において直ちに本件選挙を無効とすることなく、選挙を無効とすることを求める原告らの請求を棄却するとともに本件選挙が違法であることを宣言するにとどめるのが相当である。

第四  結論

よって、原告らの本件選挙を無効とするとの請求を棄却し(なお、適法な議員定数配分規定を示すことを求める訴えは、本件選挙の無効を前提とするものすなわち、右無効を求める請求が棄却されることを解除条件として提起されたものと解されるから、その訴えの適否については、判断しない。)、本件選挙のうち足立区選挙区における選挙が違法であることを宣言することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 越山安久 裁判官 鈴木經夫 裁判官 浅野正樹は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 越山安久)

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